店長のお散歩日記

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一度には、安土城跡の魅力を紹介できません。何度かに分けてUPします。お付き合いください。
↓安土駅を降りたら 信長さんがお出迎え。


昭和45年頃のJR安土駅は小さな掘っ立て小屋みたいでした(失礼)


↑信長さん、子供さんの安全を願って、交通安全。



↑農道から農家沿いの、細い道を歩いて、山茶花に出会いました。蜜蜂は働いてます。



うろ覚えで...確かこの道のはず。。綺麗な町並みは昔のままで直ぐに思い出しました。


もうすでに、足はふらふら。ピンボケです。ここらら見ると石段の勾配が分かります。
45度位かな?


55年前の昔は、普通に登れたのですが。許しがあっても今は無理無理!!


↑ほんまもんの石段。安土城跡に登る石段は全てこんな荒い石段。コンクリ-ト石段はありません。

安土山の麓は田んぼです。この道を5分ほど歩くと受付があります。




↑55年前は、この辺は草木がぼうぼうと生えていて、こんな立派な石垣の存在は知らされてなかったです。




↓55年前は、向って左に見える細い道しかありませんでした。この道で陸上の自主トレをしました。  


熊さん便り→1km先の妻の実家の庭先に出没しました。
結構、可愛い顔をしてます。熊さん
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この狸さん、少しお腹が大きい気がします。こどもの食べ物探し?
それとも冬眠前の食料探し? 火ノ浦
30分程掛けて入力したが、操作ミスをして消えてしまった。ああ~~
取りあえず 安土城跡に行った証拠を。






帰り道、農家のおじさんの無人販売所で白菜を買いました。たまたまおじさんがいらして
立ち話をしました。こんな大きな白菜、電車では無理無理!でも美味しそうと。
帰って計ったら3k。重いはず。200円   火ノ浦久雄
1ケ分歩きました。続きはぼちぼちと。
富田林への法事やら検査やらで届いたメ-ルなどをため込んでしまいました。
今夜 まとめてUPさせていただきます。届いた写真等には丁寧な説明文がついてましたが割愛させていただきました。

宮城県庁正面玄関前の、恒例の「花時計」です。
宮城県農高園芸科の生徒さん12名が植えた「ハボタン」です。
撮影は、仙台の昭和の女学生さんです。 ありがとうございます。



この仙台・宮城観光PRキャラクタ-「むすび丸」をデザインした郵便ポストも宮城県庁前にあります。 この写真も昭和の女学生さんからです。





ついこの前紹介したと思っていたら、もうシクラメンの咲く季節になりました。
京都精華町の娘さんからのライン画像です。ご自分で育てられてシクラメンです。




鹿児島の山ガ-ルさんからのライン画像です。
鹿児島県出水から、山口県、広島県まで足をのばしたようです。
小学校の時は、一番小さくて弱弱しかった、幼馴染が今では一番の元気者です。



宮島の「弥山山頂」です。夕方撮影んでしょうか、全体に夕暮れです。これも山ガ-ルさん



皆さん ありがとうございました。時間と体力の都合で全部載せる事が出来なくて申し訳ありません。    火ノ浦久雄


今年の初夏にラインでもらった「くちなしの花」です。ご自分で育てられた花です。
真っ白です。柔らかい白です。


「クチナシの実」が出来たと昨日ラインがありました。
小学校の頃(鹿児島)この実を潰して遊んだ記憶が蘇ってきました。手の平がオレンジ色になりました。

この実を乾燥させてたら、料理にも使えるようです。また染色にも使われるようです。
赤色ではなく、黄色だそうです。


山茶花も椿も好きで、布地を見つけては本を作ります。大概は「万葉集絵歌留多」の表紙
に使ってます。

「山本周五郎」の作品に「山茶花帖」と言う短編があります。
ユ-チュ-ブの朗読で、もう何十回と聴いてます。特に アリア さんの朗読が気に入ってます。

主人公 八重 は貧しいが故に、幼い頃、お葬式のおもらいをしながらも生きてゆきます。
常に前向きに生きてゆきます。 そんな八重は、お寺に山に咲く山茶花をスケッチする
ことが好きでした。 年に一度、あるいは2年に一度、結城信一郎と山茶花の下で出会います。
山茶花のスケッチ帖が和風の時代劇の「シンデレラストリ-」をつくりあげていきます。
テレビ放映されてるようですが、脚本のあらすじを見る限り、原文の主張とは違う様に
思います。       火ノ浦
昨日、病人を見舞う事が出来、今日は安心して「近江鉄道」の小旅をしました。
JR近江八幡駅で「近江鉄道」に乗り換え、→武佐→平田→市辺(いちのべ)駅で降りて
徒歩5分。交通量の激しい国道をまたぐと直ぐです。

市辺駅に分かり易い地図が。














お気に入りのカバンなどに、ぶら下げてもいいかも知れません。






強く引っ張ると紐が切れますので、ご注意です。もう少し丈夫で強い紐を捜してみます。



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昼間は、11月半ばとは思えないほどの日差しが、身体を温めてくれてます。
油断してそのままの格好で夜をむかえると、足が冷えます。
↓久し振りの「熊さん便り」です。
「ナナカマド」です。



↓京都精華町の娘さん→南丹市(京都府中部にある丹波地区にある南丹市、面積は京都市の次に
大きい市です) →ドライブにお出かけのようです。
2枚の画像をもらいました。





仙台の昭和の女学生さんから、地元の紅葉などの画像をいただきました。




空が綺麗です。

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伊豆大島は、二度行きました。寮仲間(豊田自動織機)と、就職して間なしの19歳頃。
レンタカ-で島を一周しました。快適な旅でした。

翌年、今度は中学の陸上部の仲間、清川君、中島君をうまく騙して行きました。
レンタサイクルで島半分回った頃大雨に遭い、ずぶ濡れになるわコケルわ散散でした。
挙句の果に涙の連絡線がストップ。足止めを食い、国民宿舎で連泊。持ち金も底を付き、三人は
品川駅で別れました。私は東京の叔母さん宅に一泊して、帰りには三千円戴いて大府の寮
に辿り着きました。

当時は 都はるみ も好きでした。みえみえぶりっ子顔を、いやがる人も少なくない中、壊れ
そうな彼女が好きでした。           火ノ浦久雄


京都精華町の娘さんから戴いた「猫茶」を飲みならが、今日は手作り。
茶パックの紐にくくりつけてある、黒猫は切り取って、机の前につるしました。
以前 飼ってた、大きな黒猫「くろちゃん」を思い出しました。 火ノ浦久雄
今年も11月13日(日)に「奈良県立万葉文化館」の図書室で「手作り教室」が開かれます。
今年のテ-マは、世界にひとつの「ノ-ト」をつくろう です。
ノ-トと言っても「角背の上製本」です。表紙には、正絹の着物地を張ります。

今年も講師として弊社の 北尾が招かれています。
今回で5回目です。
もうすでに申し込みは締め切られています。

「奈良県立万葉文化館」は奈良の明日香村にあります。
近鉄奈良線で樫原神宮前で降り、駅前から出てる「かめバス」に乗り「万葉文化館」前で
下りたら直ぐです。(バスの本数が限られています。下調べしてください)

秋の大和路いいですよ。是非「奈良県県立万葉文化館」へ。   火ノ浦
今年も11月13日(日)に「奈良県立万葉文化館」の図書室で「手作り教室」が開かれます。
今年のテ-マは、世界にひとつの「ノ-ト」をつくろう です。
ノ-トと言っても「角背の上製本」です。表紙には、正絹の着物地を張ります。

今年も講師として弊社の 北尾が招かれています。
今回で5回目です。
もうすでに申し込みは締め切られています。

「奈良県立万葉文化館」は奈良の明日香村にあります。
近鉄奈良線で樫原神宮前で降り、駅前から出てる「かめバス」に乗り「万葉文化館」前で
下りたら直ぐです。(バスの本数が限られています。下調べしてください)

秋の大和路いいですよ。是非「奈良県県立万葉文化館」へ。   火ノ浦


↑「平福百穂」画伯の絵札です。間時下で紅葉を見れるサル君になりたいですね。


「奈良県立万葉文化館」でもお買い求めできます。秋の大和路へ是非!かめバスで是非!


2㎜の厚紙にちりめん(正絹)の布地を張ってます。手触りがいいです。


丸背の上製本仕上げです。                   火ノ浦久雄


京都精華町の娘さんからの ライン画像です。
虫も、カラスさえも、突いた痕のない里山の柿。でも美味しいそうですね。

このところ、穏やかな日和が続き、気持ちのいい毎朝を過ごしています。
仕事部屋へ入り、ちょっと肌寒いと感じたら、大体18℃。
印刷機を動かすには、24℃を越えないと、いいものがあがりません。

心臓のバイパス手術から今年で12年、術後3年、5年目が一番辛かった。
冷えて冷えて、夏でもガスヒ-タ-を点けたままでないと寝られなかった。

今年の秋は、本当の!?日本の秋を体から感じています。


大迫皇女(大来皇女とも書きます)は天武天皇の長皇女で14歳から伊勢神宮の巫女として14年間
奉仕されたました。 絵札に描かれてる人物は、弟の大津皇子です。
大津皇子は、皇太子である草壁皇子に謀反を企てた為、処刑される事を知りました。
処刑される前に、姉の 大迫皇女 に会い伊勢神宮に行きました。
大迫皇女 は複雑な気持ちで 弟 大津皇子 と見送りました。

この歌は 再び一人で都への帰る弟、大津皇子 の寂しい思いを詠ってます。